2001年11月    



創設25周年を迎えた国連大学

連大学は、2000年に創立25周年を迎え、これを記念して10月23日午後、国際シンポジウム「25周年を迎える年国連大学 ― 日本と世界のために」を大学本部で開催した。シンポジウムでは、創立以来の国連大学の歴史を振り返りながらその業績を検討し、合わせて大学の現状と将来の国際社会における役割を探った。シンポジウムは、ハンス・ファン・ヒンケル国連大学学長の挨拶、コフィー・アナン国連事務総長のビデオメッセージ、荒木清寛・外務総括政務次官の歓迎の辞に続いて、3名の講師による基調講演「25周年を迎える国連大学」が行われた。木田宏・元文部事務次官、国連大学初代学長(1975−1980年)を務めたジェイムズ・M・ヘスター米グッゲンハイム財団理事長、エイトール・グルグリーノ・デソウザ国連大学第三代学長(1987−1997年)がそれぞれの講演の中で、国連大学創設以来25年間の活動と成果を振り返った。

 基調講演に続き、創立25周年を記念して設けられた「永井道雄記念講演」第1回「国連大学をなぜ日本に ― 永井道雄氏の遠大な構想」と題するジャスタン・トレンス元国連大学理事会議長(元ジュネーブ大学学長)による講演が行われた。永井道雄・元文相は、日本政府による国連大学日本誘致決定に大きく貢献され、その後も国連大学の発展に多大な尽力をされた。永井氏の功績を後世に伝える永井道雄記念講演はこれ以降、国連とその加盟国が直面する問題に関して国際社会の著名な人物が講演あるいは討議する恒例の催しとして国連大学本部で毎年開催される。

 このほかシンポジウムでは、国連大学創設に主要な役割を演じた二人、国連大学創設を最初に公の立場から提唱したウ・タント元国連事務総長(1961−71)と、その理想実現に長年にわたり献身された米国人女性、エリザベス・ローズ夫人にちなんで、本部3階の大会議場を「ウ・タント国際会議場」、同5階の中会議場を「エリザベス・ローズ会議場」とする命名式が行われ、ローズ夫人と故ウ・タント氏の令孫、タン・ミン氏が出席した。

国連大学のこれまで
 1969年、当時、国連事務総長だったウ・タント氏は国連総会で行った事務総長年次報告に際し、平和と進歩という国連憲章の目的に専念する国際的な大学創設を真剣に考える時が来たと提唱した。そのなかで、同氏は、その大学は各国民あるいは異なる文化間に誤解や不信感を生む障害を取り除くことに寄与する世界中の学者、研究者で構成すべきだと提案した。

 また、そのような国際的な大学は、政治、文化両面における国際理解の推進を本来の目標とする以上、ユネスコの管轄下に置くべきだという考えも示した。ウ・タント氏は、その構想をユネスコが実現に向けてさらに推し進める一方、その大学が寛容の精神と思想の自由を尊重する国に開設されることを希望した。

 国連総会は1969年12月13日、ウ・タント事務総長の構想を歓迎し、設立の明確な趣旨、目的、そして資金調達方法を含む、国際的大学設立の実現性に関して、専門家による包括的な検討を実施するよう事務総長に指示した。その際に、ユネスコとの協力、ならびに国連訓練調査研修所(UNITAR)その他、必要と思われる機関との協議を行うことも決められた。国連総会の決定は、第2委員会(経済・財政)により提案され、1969年12月4日に全会一致で可決された総会決議第2573(XXIV)号に盛りこまれた。

 その結果、国連大学は、「国際連合憲章の目的を追求し,原則を促進するために、研究、大学院レベルの研修および知識の普及に携わる、学者・研究者の国際的共同体」として1973年12月6日、国連総会により設立が正式に決まり(決議3081(XXVIII)号)、1975年9月1日、東京の本部において活動を開始した。現在の国連大学本部(最近「UNハウス」と改称。詳細は次章参照)は東京都から提供された土地に1992年に竣工した。

 現在、国連大学の活動は主に「平和」「ガバナンス」「開発」「科学・技術・社会」「環境」の5テーマに絞り、世界各地にある大学直属の12の研究・研修センターおよびプログラム(RTC/P)のネットワークと、30の国連機関および世界各地の100に上る研究機関との提携を通じて実施されている。

 

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