1998年12月    


ルディガー・クール氏のお別れのことば
今年5月で任期を終えたクール氏は、国連大学の若手客員フェローのとしての経験を伝えるため、UNU Nexionsに以下の文章を寄稿してきました。とかくイベントや幹部の動向が中心になりがちな中で、長期的には数千人に上るであろう国連大学の短期の研究者の感想も、大切な情報の一つです。同氏は1999年初めにはまた国連大学に研究者として復帰する予定です。(編集部から)

3カ月前に国連大学本部の回転ドアの前に立った時、私は3年もこの本部を離れていたという気がしなかった。私はユハ・ウィット博士の環境チームにインターンとして5カ月間在籍した後、1995年秋に国連大学を去ったのだった。

その後私は、ドイツのオスナブリュック大学の講師になった。私の現在の研究題目は日本とドイツの環境技術の途上国への公共資金による移転問題で、そのために私は再度国連大学に戻ってきたのである。

学者としてのキャリアを始めた時、研究作業がインタビューなどの経験的分析に頼る場合には、自分のキャリアの中に国連大学を加えられることは非常に有益だった。国連大学スタッフの暖かい支援のおかげで、私の研究は順調に進み、私は以前からの友人たちとの再会を喜び合い、また国連大学顧問の各氏を通じて新しい仲間を得た。

新しく設けられた非公式な環境セミナーの夜の集いも、国連大学、同高等研究所、地球環境パートナーシッププラザ(GEIC)などの、環境問題に関心を持つ人々との情報の交流の場として、大いに役立った。このグループの人々と、昼も夜も暮らしを分かち合い、日本で東京の生活はとても楽しいものになった。

蒸し暑い夏の来る前に東京を去るのはありがたいことではあるが、国連大学を離れるに当たって、私は自分の仕事や国連大学、日本の友人たちが、私をまたこの地に連れ戻してくれることを切に願っている。

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