序文:移行の年


 国連大学にとって、1997年はとりわけ移行の年でありました。エイトール・グルグリーノ・デソウザ第3代学長は、10年間の任務を全うし、8月に退任されました。デソウザ学長は、2期にわたる在任中、新しい研究・研修センターおよびプログラム(RTC/P)の設立に尽力され、これらは現在、国連大学の世界的なネットワークのバックボーンとなっています。ヘルシンキからアクラまで、また、カラカスからマカオまで、RTC/Pは一丸となって、国連大学憲章に規定する緊急かつ世界的な課題に重点的に取り組んでいます。

 1997年9月1日、私は、国連大学学長という重大な任務と責任を引き受けさせていただきました。この時私は、大学が大きな変革の時期を迎えていることを指摘しました。変革が不可欠なのは、私達を取り巻く環境が変化しているからです。「前例のない」という言葉を用いることにはいささか抵抗を覚えますが、いずれにせよ、この変革は急速で全面的なものです。国連自体も変わってきています。第52回総会は、慎重ながらもしっかりと組み立てられた、コフィー・アナン事務総長の改革提案を、大枠において承認しました。この提案の一環として国連大学は、国連のシンクタンクおよび有用なアイデアの考案者としての主導的な役割を求められています。これはすなわち、政策立案者に対し、知的で相応しい選択肢を継続的に提供するという役割に他なりません。

 国連大学はこうした課題に対応する体制を整えています。具体的にはシンクタンクとしての役割を強化するとともに、小規模のタスクフォースを設置して、将来的な問題のための政策案を、問題点と予測される成果を含めて開発することです。同時に変革を成功させるには過去の成果を正しく評価し、継続性を保つことも必要です。

 私の前任の学長諸氏はみなすぐれた才幹の持ち主でした。初代学長は組織的な才能にたけ、2代学長は高い倫理性と主知主義を持っておられました。そして3代学長は高度な構築の能力を備えておられました。私は各氏の発揮された才能を総合し、さらに水準を高めて行きたいと考えています。私は国連大学が国連大学でなければできない、または他の機関より国連大学が優れている分野に焦点を絞るべきだと思います。国連大学は国連と学界の両方に独自の地位を占めている特性を生かし、その全ての活動において高い水準の業績を達成しなければなりません。研究活動における学術的な水準だけでなく、研修や普及活動、シンクタンク活動においても優れた成果を示すことが不可欠です。

 この目標を達成するためには、適任の人材を擁する必要があります。ラメシュ・タクール(オーストラリア国立大学平和研究所長)、鈴木基之(東大生産技術研究所長)の両副学長、佐藤英夫学長上級顧問(筑波大教授)との新しいチームに、私は全幅の信頼を置いています。

 1997年はまさに移行の年でした。従来からの多くの事業や新規事業が展開され、興味深い年でもありました。国連大学が将来に向かって進み、受け身ではなく、積極的な姿勢で変化する条件に対応するための、多くのイニシアチブが取られた年でもありました。1998年には、その成果が徐々に現れてくることでしょう。
 

  ハンス・ファン・ヒンケル
  国際連合大学学長




1997 Annual Report