The United Nations University

国際連合大学
2000年年次報告書(HTML版)


平和とガバナンス

 「国連大学の諸機関の研究プログラムは、特に次の主題を含むものとする。文化、言語および社会体制を異にする人びとの共存。国家間の友好関係ならびに平和および安全の維持。人権。.....生活の質の向上にかかわる人類の普遍的価値」

[国連大学憲章第1条3項]

 国連大学は、国連の理念と目標に沿って、平和と安全保障そしてガバナンスにかかわる問題に取り組む。この研究の焦点は、紛争前(紛争が起きる背景と原因の究明、予防外交、子ども兵士の廃止、対人地雷の使用禁止など)、紛争中(平和維持活動、紛争処理)、そして紛争後(平和構築)の三段階に分かれる。それと平行する形でガバナンス(管理あるいは統治)の問題を取り上げる。ここでは、政治、司法、行政3機能のあり方とその有効性ならびに人権と民主主義にかかわる問題が対象となる。国際機構の体質とグローバル化の流れのより有効な管理、規制、あるいは統治の手法についても研究する。いずれも前向きの革新的手法が必要な問題や課題であり、平和とガバナンス、安全保障を最も広義にとらえることが大前提となる。


平 和

 創設以来国連の舞台であった国際政治環境は冷戦の終結により大きく様変わりした。しかし、もっとも急を要する責務が内戦や国家分裂の防止あるいは事後処理を含めて、世界平和の維持にあることに変わりはない。国連大学の研究は主に以下の領域に集中する。

  • 国際関係と世界秩序−進化する国際関係の規範、制度と相関。
  • 国連システム−特に紛争予防と紛争処理、紛争終了後の平和構築、ならびに安定した国際秩序の維持に関する国連の役割。
  • 人間の安全保障−世界の関心が軍事力に依存した国家防衛を主眼とする「国家安全保障」から個人の生活福祉を重視する「人間の安全保障」に移行しつつある状況の反映。
  • 大規模武力紛争(国家間紛争、国内紛争)と紛争管理−現代の紛争の原因、影響そして形態。
 本章ではコソボ危機を中心に国家主権と国際的人道意識との緊張関係について詳しく論じる。さらに現代の紛争の原因、影響、形態、そして戦争の予防あるいは調停に関して地域社会と国際的アクターが果たす役割についてもふれる。

コソボと人道的介入 (注1)

 北大西洋条約機構(NATO)によるコソボ武力介入は多くの結果を残した。国外への移住を余儀なくされた約100万人のコソボ住民のほとんどは故郷に帰還し、最近、選挙によって自分たちの政治指導者を選び出した。ユーゴスラビアのスロボダン・ミロシェビッチ大統領は民衆の非暴力的抗議活動によって権力の座を追われた。NATOの威信は保たれ、欧州における米国の地位も揺らぐことはなかった。

 これらの事実にもかかわらず、国際秩序という観点からみた場合の問題点が国連大学本部による研究でいくつか浮かび上がってきた。国連安全保障理事会は国際法施行のためのシステムの心臓部にあたる。それを迂回して軍事介入に踏み切ったことは、由々しき前例を残したといえるが、ひるがえって考えると、そもそも戦争それ自体があってはならない人道的悲劇である。主権国家に対する武力攻撃は、それ以外の手段が尽きた場合にのみ許される最終的手段である。反人道的残虐行為に対する怒りの心情は理解できるが、それも武力の限界をわきまえることと、国際的制度を時間をかけて構築することによって和らげるべきものだ。

 国家主権は、それが弾圧に手を染める独裁者の横暴を国際社会の目からそらす隠れ蓑に使われるのであれば、もはや絶対かつ無条件の原則として受け入れられないことが明らかになってきた。とはいえ、ルワンダのケースは国際社会が大量虐殺を座視した顕著な例といえるが、コソボに関しては、人道上の悲劇を目前にしながら介入の効果が多分に疑問視され、国際社会の意見が二つに割れた。

 複雑な紛争が頻発する世界で国連は「動いても叩かれ、座視しても非難される」というつらいジレンマに陥っている。国家主権を最優先する姿勢には、人権侵害に手を貸すことにつながる危険もある。人道的理由による武力行使にも安保理の承認が不可欠となると、反対派の票で採決が左右され、政策麻痺の状態に陥る危険がある。同時に、一方的な武力行使は国際法の侵害であり、世界秩序を乱す。しかし今後、ナチスによるホロコーストやルワンダの大量虐殺の類型が発生し、同時に安保理での拒否権行使が不可避とみられる場合に備えて、いかなる対処法が認められるかを考えておくことは最低限必要であろう。国連憲章が内包する加盟国間の既存合意の範囲内にはこの難しい問題に対する明確な答えがみつからない。それだけに人道的介入に関する新たな加盟国間合意を速やかにまとめる必要がある。


注1: このテーマを扱った国連大学出版部出版物は以下のホームページで紹介。
http://www.unu.edu/unupress/newtitles-abstracts.html#kosovo


コンフリクト・データサービス

 「紛争解決・民族問題国際プログラム」(INCORE)のコンフリクト(紛争)データサービスはきわめて有用性の高い情報資源である。その「国別ガイド」(Country Guides)は、東ティモール、エチオピア、エリトリア、チベットなど、40の地域紛争に関する情報が入力されている。INCOREは最近、98年から99年の2年間に締結された各種平和協定に関するサイトも開設しており、スーダン、シエラレオネ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、フィリピン、グアテマラなど、各地域紛争ごとの平和協定にもリンクしている。

  コンフリクト・データサービス=http://www.incore.ulst.ac.uk/cds/
  平和協定データサービス=http://www.incore.ulst.ac.uk/cds/agreements/


暴力からの離脱

 紛争解決・民族問題国際プログラム(INCORE)の研究は依然として、紛争の武力衝突後の段階に焦点を絞る。「暴力からの離脱」プロジェクトは、バスク地方、スリランカ、中東、南アフリカ、北アイルランドの5地域紛争における和平交渉の経緯を2年以上にわたり観察してきた。紛争当事者である主だった政治家や政府関係者とのインタビューを通じて、和平交渉を促進ないし阻害する要因を解明することに主眼を置く。特に交渉プロセスに生じる変化や紛争事態の変質、政治的暴力、経済的影響、第三者による干渉、世論、象徴性などの問題を取り上げる。

 和平交渉が組織的かつ積み重ね型であれば妥結の可能性が高くなるというのが、このプロジェクトの結論である。和平交渉はしばしば行き詰まるが、そこに至るまでの各段階ごとにそれなりの成果が積み上げられているものである。和平交渉に当たる双方の代表に課された最も重要な任務がそれぞれの側の人びとの説得にあることは明らかである。交渉阻害要因となりそうな分子を話し合いに実際に関与させることもある程度必要になる。また、交渉決裂を仕掛けるような活動家集団に対しては、かつて同じような活動家であった人びとを交渉に積極的に参画させることによりほぼ完全に沈黙させることができる。さらに、合意事項が守られるためには、保安部隊や民兵組織を解体し兵士の社会復帰を急ぐ必要がある。和平合意はまた、武力紛争の被害者のニーズにも配慮した内容でなければならない。この研究では、内戦の和平交渉に関しては今後、参考となる前例を見つけ出すことがますます重要になりそうだと結論づけている。


現実的な紛争予防へ向けて

 武力紛争は、人間の安全保障体制が正しく整備されていれば確実に予防できる。保障体制の整備は本来は政府の義務とされるが、かりに政府にその能力がない場合は外部アクターが肩代わりする必要がある。対立が抑圧や武力に頼らずに解決され、政府の行動が国民に対しても国際社会に対しても十分に説明可能なものであり、かつ、開発や環境に関する基本的ニーズが充足されている場合は、社会が混乱と暴力に陥ることはほとんどありえない。しかし、紛争予防はきわめて難しい仕事で、大抵は失敗して紛争を激化させ、外部からの軍事介入を余儀なくされることが多い。

 紛争予防を成功させるには、次の基本事項を踏まえておく必要がある。

  • 地域機関と国連、地域機関同士、それに国連の各部局ならびに諸専門機関の間で紛争予防戦略を共有する場合の作業手順を大幅に改善する必要がある。
  • 紛争予防は現地レベルの作業にもっと焦点を絞るべきである。現地での予防活動を支援する、当事国政府や国際機関による予防努力は現地のニーズにさらに密着したものにして、現地における能力育成のための資金援助を含める−などの措置が必要。
  • 紛争予防のための作業は、持続可能なものでなければならず、確実に成果が上がるまで継続されなければならない。
  • 地域機関と国連は、紛争の早期察知と予防措置に関して瞬時にアドバイスが得られるよう、紛争予防の理論と実践ならびに地域の特性に通じた専門家集団を常時、待機させておく必要がある。
  • 学術社会と政策立案者はいずれも政策決定当局と世論形成機関に"売り込める"現実的紛争予防策を講じる必要がある。国連大学本部学術部門は、そのために地域機関と国際機関向けに紛争予防活動に関する実用的な研修マニュアルを作成中である。
  • 地域機関ならびに国連機関がこれまでの紛争予防活動から得た経験は、紛争予防にかかわるすべてのアクターが徹底的に検討・評価する必要がある。
  • 紛争予防活動の成否の判断や評価、理由説明などは非常に困難ではあるが不可欠な作業である。
  • 国連、地域機関、市民団体などの共同作業の必要性がよく指摘されるが、単に指摘するだけでなく、これらの協力関係を十分に理解し、現実的な観点からそれを評価するとともに、対立する社会の政治的、経済的、社会的関係の破綻を防ぐための実施可能な長期対策をそこから見出す必要がある。

ガバナンス

 ガバナンスとは、国家ならびに経済、社会の諸アクターが相互に作用し合いながら物事を決める公共の領域を秩序づける公式、非公式のルールの形成とその管理を指す。同一社会内部および社会間のすべてのレベルで人間生活を有機的に組織するために用いる様式、価値、制度の総括的表現である。

 ガバナンスに関する国連大学の活動は特に下記の事項に重点を置く。

  • 人権と倫理−ますます重要性が増してきた国際ガバナンスにおける人権の尊重と安定した平和社会におけるその不可分の役割について。
  • 民主主義と市民社会−手続きと内容の観点からみた民主主義の重要性。特に国内の望ましいガバナンスと安寧な国際関係を保障するうえでの市民社会の重要性について。
  • リーダーシップ−望ましいガバナンスのためのリーダーの素質を育てる能力育成。
  • 政策と制度的枠組み−人間の持続可能な開発の支柱となる、ガバナンスの要点(制度、政策、インフラ、規範など)。

     これらはいずれも「貧困撲滅と開発推進には良好なガバナンスが重要かつ不可欠」とする国連事務総長の信念を反映している。本章ではグローバル・ガバナンスにかかわる諸問題について取り上げる。1月に開催された国連大学国際会議「新千年紀の幕開け−国連とガバナンスの在り方を問う」のほか、グローバル・ガバナンスの既存の仕組みをさまざまな視点から見直した二つの国連大学プロジェクトの成果を報告する。


    新千年紀の幕開け−国連大学ミレニアム会議(注2)

     国連大学は2000年1月、国際会議「新千年紀の幕開け−国連とガバナンスの在り方を問う」を東京で開催した。会議では、新ミレニアムを迎えるにあたり、人類が直面する多くの課題を検討し、平和、開発、ガバナンス(統治)、環境問題などの国際的な動向をふまえ、国連とその加盟国がそれにどう対応すべきかについて、幅広い視点から討議された。国連の政策へ向けた提言にも重点がおかれた。ルイーズ・フレシェット国連副事務総長が基調講演を行ったこの会議での成果は、国連事務総長のミレニアム総会報告の参考資料にも使われた。会議の内容は、国連大学出版部発行の「国連大学ミレニアムシリーズ」第1巻として出版された (注3)。

     会議では、新ミレニアムに関する多くの一般的観察が提起された。新千年紀の人類は現在よりもはるかに複雑に絡み合った相互に依存する世界で生活することになる。新世紀に取り組むべき課題の選定あるいは取り組みに関して、民間セクターや非政府機関が各国政府と肩が触れ合うように競り合う現在の状況からみて、世界的問題にかかわるアクターの数は今後、増加の一途をたどることになるであろう。こうした状況から、たとえば安全保障、開発、環境などの領域で新たな課題が生じており、グローバル・ガバナンスに関して革新的な思考と新たな様式が必要となる。ガバナンスと安全保障のメカニズムに関してその正当性がますます重要になってきたことと、問題解決努力をめぐる各種制度との合意の創出に有効なのは"力の政治"ではなく"正当な政治"であることが会議で強調された。被害者が問題を自主的に解決する「自主原理」とグローバル問題解決における「社会間協力」とのあいだに適正なバランスを図る必要性も重要課題として指摘された。

     急激な変革の時代にあって、世界中の人びとが、自然と調和しつつの平和に共存できる未来への希望や抱負を国連に託していることは明らかである。新たなミレニアムを迎えた現在、依然として10億を超える人びとが絶望的貧困にあえぐ状況を放置することは許されない。グローバル化のプロセスと結果双方に付随する軋轢を調停、緩和し、和解に導くことができる道義的正当性と政治的威信そして公正な管理機能をグローバルなレベルで備えているのは国連である。


    注2: http://www.unu.edu/millennium/. に会議の詳細。
    注3: Ramesh Thakur and Edward Newman, eds., New Millennium, New Perspectives: The United Nations, Security and Gopvernance、国連大学出版部、東京(2000)。人間開発と環境を扱った一冊も近刊の予定。


    グローバリゼーションのガバナンス

     21世紀は、未曾有の規模と激しさでグローバルな相互作用が進むなかでスタートを切った。相互作用は企業、政府、各国国民それぞれの内部と相互間で進行しつつある。グローバルな相互作用と統合が進むにつれ、そのグローバルなレベルでの管理が切迫した問題として顕在化しはじめている。経済問題、社会問題、環境問題など、すべての問題の影響が隣接地域ばかりか、遠く離れた国や地域にまで波及しつつある。各国政府による政策決定が国際的影響をもつようになり、真に地球規模の問題にまで発展する。グローバル化が世界中の人びとの生活向上につながる可能性を秘める一方で、そのプロセスが制御不能になる危険性が懸念される。

     国連が創設され、ブレトンウッズ諸機関が設立された1945年からすでに半世紀以上が経過した。しかし、その間に世界は大きく変わり、主要問題に関する考え方もそれに肩を並べて大きく変化してきた。そうしたなかで、これまでのグローバル・ガバナンスの制度的枠組みが21世紀の課題に対処し得るのであろうか? 国連大学世界開発経済研究所(UNU/WIDER)が行った「国際連合とブレトンウッズ機関の新しい役割と機能」と題した研究は、その問いに対して否定的な見解を出している。商業、金融、技術、労働の各分野にみられる国境を越えた流通に関する最新の考え方を分析したうえで、次の四半世紀における世界のニーズを充足しうる制度と管理方式の概要を描きだした。それによって、グローバリゼーションの流れを律するうえで決め手となる五つの必要事項が明らかになった。

    (1) 経済効率と市場ニーズは、平和、平等、持続性という人類全体にかかわる、より大きな課題と釣り合いのとれたものでなければならない、とする新しい世界観とグローバルな意識が必要である。

    (2) より良質のグローバルな公共財が提供されなければならない。各国の市場と社会が、きれいな空気や道路標識といった公共財と、公正取引や汚染防止のためのルールを必要とするように、グローバル化の進行により、グローバルレベルでのさまざまな新しい公共財の必要性が高まっている。それはグローバル経済を効率よく運営するための基盤であり、かつグローバル社会が最大のメリットを得るための保障でもある。

    (3) グローバル化にみられる不均衡な面を是正しなければならない。グローバル化はさまざまな分野でそれぞれ違った形で進行している。たとえば、今や大きく開かれた国際金融市場とは対照的に、国際労働市場はいまだにきわめて閉鎖的な性格に留まる。

    (4) 制度改革が必要な分野が二つある。(a) 国際金融のメカニズムと (b) 労働者の国際移動である。迅速な資金移動のニーズに対して各国の制度も国際的取り決めも十分対応できていないことは極めて憂慮すべき状況である。一方、国境を越えた人の移動に関しては現在、各国政府が厳しい規制を課しているが、規制緩和を求める圧力が急速に高まっている。拡大する就労機会の不均衡は、老齢化問題を抱える先進国と人口増加になやむ途上国それぞれの事情に加えて、海外の就職情報がインターネットなどで簡単に入手できるようになったことで、ますます加速するであろう。

    (5) 国連ならびにブレトンウッズ諸機関(BWI)の改革が必要である。両者はいずれも国際社会の変容に追いついていない面が多々あり、それを払拭するにはいずれもその正当性と有効性をさらに高める必要がある。正当性を高めるには、国連もBWIもその管理機構の代表制の範囲をもっと広げて、政府代表だけでなく国民の代表も加えるべきである。


    国際機関の正当性(注4)

     世界各国の国民生活における国際機関の役割がますます重要性を増している。国連大学本部は、国際機関の正当性について考察するプロジェクトを実施しており、多くの国際的な法律家、国際法学者、国際的エコノミスト、国際政治学者らを動員し、国民国家と対比した場合の国際機関の正当性をさまざまな角度から検証する作業を進めてきた。また、過去10年間にその正当性がどのように変容してきたか、その変化が国際機構、さらには国際的民主主義の文化そのものの将来にいかなる意味をもつか、などについての考察も進めている。

     この研究では特に90年代の人道的危機に対する国際社会の局地化した対応に焦点が絞られた。従来の研究では、国連平和維持活動の技術的機能と実施面における不備ならびに安全保障理事会における意志決定プロセスの欠陥など、制度問題だけに議論が集中する嫌いがあった。国連大学の研究はむしろ政治的規範と現在の国際的民主主義文明を正当化する根拠の重要性に重きを置く。プロジェクトは、国際政治の規範はいかなる政治的アクターの場合でもその政治的理念や判断、そしてそれに基づく行動に決定的影響を及ぼすという考えに立つ。民主主義の規範と理想が、民主主義を掲げるアクター、とりわけ欧米主要国の行動原理であり、それが、国際の場においても集団意識や責任感を普遍させるべくかれらが努める動機でもある。しかし、世界の国々の間には、民主的規範をめぐり、ひとつの分水界が存在し、それが多国間共同作業の限界を示す。


    注4:Jean-Marc Coicaud and Veijo Heiskanen, eds., The Legitimacy of International Organizations、国連大学出版部、東京、近刊(2001)。  

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