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学長略歴
国連大学学長
ハンス・ファン・ヒンケル (Hans van Ginkel)


ハンス・ファン・ヒンケル氏は1997年9月1日付で、コフィー・アナン国連事務総長から第四代国連大学学長に任命された。同氏は1987年から第三代学長を務めたH・グルグリーノ・デソウザ氏の後任である。

ファン・ヒンケル学長は1940年6月22日インドネシアに生まれ、1951年からオランダに住んでいる。同地のユトレヒト大学から社会科学博士号を取得、修士論文の「17世紀初頭における古代東南アジア都市の形態と機能」では、東南アジアの都市、経済、歴史的地理を分析している。博士論文は「郊外化と最近の住宅環境」で、オランダ政府は後にこの論文を参考に、オランダ西部の都市化の進んだ地域の郊外化問題を検討している。同氏はまたルーマニアのバベス・ボリャイ大学から地理学および国際主義の業績に対して名誉博士号を受けている。

ファン・ヒンケル氏は1965年から68年にかけて、アルンヘムのトーマス・ア・ケンピス・カレッジで地理・歴史を教えた。その時期から同氏は中等教育部門で積極的に活動、地理のカリキュラムの改訂と全国試験制度に関する全国委員会の議長を務めた。また常勤・臨時教師の研修プログラムのリーダー、トップレベルの中等学校と大学間のプログラム上の関連に関する諮問委員会にも加わって活躍した。

ファン・ヒンケル氏は1988年から全国科学技術ウィーク財団理事長に就任した。同財団は青少年を中心に一般国民を対象に、科学技術の発展についての啓発運動を進めている。この財団は1997年始めに、クラウス皇太子を名誉総裁とするオランダ科学技術財団に合併され、ファン・ヒンケル氏は引き続き同財団理事長を務めている。

1968年から85年まで、ファン・ヒンケル氏はユトレヒト大学地理学部で教壇に立った。この学部は1970年から85年の間に学生数が650人から約1,400人まで増えている。同氏は1980年に教授(人文地理・計画)に任命され、さらに82年から85年まで、学部長を務めた。85年には同大学執行委員会に加わり、86年からは学長に就任、国連大学学長に就任するまでの間、大学の発展に努めた。

ファン・ヒンケル氏の専門分野は都市および地域開発、人口および住宅研究である。地理の専門的知識を社会に応用することに強い関心を持ち、特に都市および地域計画、公共住宅政策、住宅市場、一般行政に力を注いだ。ファン・ヒンケル氏は1988年から93年までユトレヒトと周辺10自治体の地域協議会の独立議長となり、商業会議所代表、州、中央政府機関とともに、地域計画のための戦略的計画の策定に当たった。同氏はまた1994年にユトレヒト地域協議会が設立したユトレヒト経済革新ネットワークのメンバーとしても活躍した。

科学政策にも強い関心を持つファン・ヒンケル氏は、科学政策諮問委員会調整小委員会議長(1991年)、科学政策全国予測委員会委員(1993年)として、さらに1997年からは教育科学相、経済相に助言する科学技術諮問委員会の委員としても活動した。

国際問題についても、ファン・ヒンケル氏はすぐれた業績を残している。同氏は1986年以降オランダ高等教育国際協力財団(Nuffic)財務担当理事、エンスヘーデの国際空中測量地球科学研修センター理事長も務めた。89年からは欧州大学協会(CRE)理事となり、94年から98年まで副会長を務める。また90年からは国際大学協会(IAU)管理委員会委員を務め、2000年8月に会長に選出された。同氏はさらに、欧州の各大学の持続可能な開発への貢献を向上させるための、CREコペルニクス・プログラムの創設者の一人でもある。ボスニアおよびクロチアの大学のためのCREアカデミック・タスクフォース議長となり、欧州の各大学の水準を高めるCRE制度評価プログラムの創設にも加わった。

ユトレヒト大学の学長としては、同大学とアフリカ、東南アジア、中南米の大学との南北学術協力の促進に努め、1991年からはユトレヒト・ユニットウィン・ネットワークを開始した。これは欧州のいくつかの大学(ルンド、ボーチャム、オポルト)とアフリカ南部のマプト(モザンビーク)、ハラレ(ジンバブエ)、ウィントフーク(ナミビア)、ウェスタン・ケープ(南アフリカ)などの大学とを結ぶプログラムである。このリンクはさらに東南アジアおよびラテンアメリカの大学、研究所にも拡大され、ガジャマダ、ハサヌディン(インドネシア)、チュラロンコン(タイ)、コチャバムバ(ボリビア)、ジョージタウン(ガイアナ)、パラマリボ(スリナム)、エレディア(コスタリカ)、レオン(ニカラグア)、グアテマラ(グアテマラ)などの大学がネットワークに加わった。

ファン・ヒンケル氏はさまざまな国際機関の業務にも貢献してきた。1992年からは国連大学理事会に選出され、1996年にはユネスコの運営委員会に加わり、1998年の「世界高等教育会議」の準備に当たった。

ファン・ヒンケル氏は専門の地理学、特に都市問題、人口、住宅研究などの研究を進め、地理学の分野で多くの著書があるほか、国際化や大学運営などについても論文、著書を著している。

ファン・ヒンケル氏はオランダ国内でいくつもの賞を得ている。92年にはオランダ王立芸術科学アカデミー社会科学部会メンバーとなり、94年にはオランダ国内の高位の勲章の一つであるオランダ獅子勲章を受けている。

ベップ夫人との間に一男一女がある。


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